2018年5月1日
(写真・文、 光岡主席研究員)
「六角堂」は、正式名称を「紫雲山頂法寺」と言う天台宗系の単立の仏教寺院で、聖徳太子の創建と伝わります。 本尊は秘仏の如意輪観音、西国三十三カ所第十八番札所、本堂の屋根が六角形であることから「六角堂」の通称で呼ばれています。
華道「池坊」の発祥の地としても知られています。
京都のビジネス街・烏丸御池に近い都心にあります、境内は狭いですが、歴史と伝統のあるとても趣のある寺院です。
このお寺には、不思議な2つの伝説が伝えられています。
六角堂山門
名前の由来となった六角形の本堂の屋根
六角堂の由緒:
如意輪観音を念持仏としていた聖徳太子が“四天王寺建立”の材木を求め、京都のこの地で、池で身を清めた際、木に掛けた念持仏が動かなくなり「私はこの地にとどまって人々を救済したい」と太子に告げたため、六角形の御堂を建てて安置したと伝わります。平安京遷都のはるか昔、西暦587年のことです。
「へそ石」の伝説:
平安京造営の際、新たに造る道路の計画線上に六角堂が重なってしまい、役人達は聖徳太子ゆかりの大切な堂の扱いに困ってしまいました。 そこで桓武天皇が勅使を派遣し、本尊に祈願した所、一夜にして六角堂全体が自ら北へ約15m移動し、難問は解決したと伝わります。
ところがこの時、六角堂を支えていた礎石だけが動かず残ってしまいました。 これが今も境内にある「へそ石」です。 京都のほぼ中央に当たることから、「へそ石」と呼ばれています。
六角堂 本堂
「へそ石」
「縁結びの柳の伝説」
平安時代初期、妃になる女性を探していた嵯峨天皇の夢枕に六角堂の如意輪観音が現れ、「六角堂の柳の下を見てみなさい」とのお告げを受けたため、人を遣わして見ると、柳の下には1人の美しい女性が立っており、天皇はただちに妃として迎えました。
この話から六角堂の柳に願をかけると良縁に恵まれる」と言う噂が広がり、「縁結びの柳」と呼ばれるようになりました。
青々と茂った枝が地面すれすれまで伸びる姿から「地ずり柳」とも呼ばれています。
“地ずり柳”の2本の枝をおみくじで結びつけて願うと、良縁に恵まれると言われています。
縁結びの柳(地ずり柳)
良縁を求める“おみくじ”
境内の北側に、聖徳太子が身を清めたという池の跡があります。この池のほとりに、小野妹子を始祖とする僧侶の住坊があったため、「池坊」と呼ばれるようになりました。
代々六角堂の住職を務める「池坊」は、仏前に花を供える中で様々な工夫を加え、室町時代の「いけ花」の成立に至りました。
聖徳太子沐浴の池跡と太子堂
秘仏の本尊“如意輪観音”ポスター
「華道発祥の地」の額
鎌倉時代の初め、比叡山で修行をしていた親鸞は、29歳の時、聖徳太子ゆかりの“六角堂” で百日参籠するという誓いを立てました。聖徳太子を深く尊敬していたからです。
参籠は、夜になると山を下りて六角堂に籠もり、朝には山へ戻る繰り返しでした。
そして、95日目の暁に、如意輪観音からお告げを受け、浄土真宗を開くきっかけを得ました。
親鸞堂
親鸞像
境内には多くのお地蔵様がいらっしゃいます。「池坊会館」前には、御所を守るために北を向く「北向地蔵」、小さな子供を守る「わらべ地蔵」など、「地蔵山」と呼ばれるお地蔵様の群像があります。
境内東側には、一つだけ願いを叶えてくれる「一言願い地蔵」、願いを手のひらに優しく包み込んで祈る「合掌地蔵」がいらっしゃいます。
北向地蔵
合掌地蔵
鐘楼堂
寺の前の六角通りの南側に離れてあります
わらべ地蔵
一言願い地蔵
ふれあい仏(金箔の仏様)
祈祷された“金箔片”を購入し仏様に張り、祈ります
地蔵山
一言願い祈祷札
十六羅漢
六角堂境内の隣は、“スターバックス・コーヒー”、のんびりと六角堂を眺めながらお茶を楽しんでいる方が、たくさんいらっしゃいました。
京都らしいお洒落ですね!
このビルのエレベーターに乗ると、六角堂の六角の屋根を見ることができます。
隣の“スターバックス・コーヒー”から眺める
“六角堂”
境内の桜が満開でした