国内線市場でのLCCの現状(6)
~ 今後の展望 ~
2017年1月30日
1. 展望の前に(日本の国内線の事業特性)
日本の国内航空事業の今後を展望するにあたり、世界の航空事業に比べて、まず日本のそれの3つの特性を述べたい。すなわち①低搭乗率を前提とした事業形態、②航空各社の国内線への依存度の高さ、③需要の羽田への一極集中と発着枠がタイトなこと、である。
① 低搭乗率を前提とした事業形態
下図表は、日本の航空会社の搭乗率(大手2社は際内別)と採算ラインにあたるB/E(損益分岐点;ここでは簡易的に算出)を海外の主要各社と比較したものである。
1) 搭乗率; 海外の主要会社が軒並み80%超であるのに対し、日本の国内線は大手2社、既存の中堅3社ともに60%台半ばと極端に低い(空席が多い)。その低搭乗率で高い利益率を実現していることで、世界的には特異な存在となっている。(LCC3社は80%超と世界モデル並みの高さ、SKYもそれに近い。また大手2社の国際線はほぼ世界モデルに似ている。)
2) B/E(損益分岐点); 海外の会社は採算ラインが70%程度であるのに対し、日本の国内線では大手2社、中堅3社ともに約60%と低い。すなわち座席の60%を満たせば収支トントン、それを超えた分が利益である。
換言すれば、60%で採算のとれる(海外モデルと比べれば割高な)運賃設定となっているということである。
「海外に比べて割高な運賃設定モデル ⇒60%が採算ライン ⇒60%台半ばの搭乗率でも十分利益を稼げる」ということになる。
3) 日本のLCCのモデルは?
日本のLCCは既存国内線各社に比べて座席コストが2~3割低い。
運航コストの低い小型機(A320)に統一し、サービスや業務の仕組みの単純化等でその他コストも引き下げているためである。
また採算ラインが2~3割高いレベル(80%程度)になっている。つまり、
(2~3割安い座席コスト)÷(2~3割高い採算ライン)⇒ 平均で4~5割安いという運賃設定モデルなのだ。
そして消費者の利用し難い季節や時間帯には超運賃を織り交ぜて需要を刺激・喚起して1年を通じて約85%の搭乗率を達成することで利益を稼いでいる。
これは世界のLCC共通のモデルだが、既存のフルサービス会社も70%程度の高い搭乗率を前提とした(安くする)運賃でないと厳しい価格競争に勝てないという事情からそれに似た設定メカニズムが世界では一般的だ。
4) 大手2社等既存会社の国内線事業モデルは?
「低搭乗率で利益 ←さらに低い採算ライン ←高い運賃設定」で成り立って
いるモデルといえよう。このモデルが今では「世界的に特異」なのだ。
《図表1》搭乗率とB/E(損益分岐利用率)の国際比較(2015年度)
② 国内線への依存度の高さ
SKYや中堅3社は殆ど全ての収益が国内線であるし、大手2社も収益の国内線への依存度が高い。ANAは1.2兆円の旅客収入のうち57%にあたる6,800億円が、JALも9,500億円の旅客収入のうち過半の5,000億円を国内線から得ている(2015年度)。このように国内線への依存度が高いことが、収益性にリスクを伴いかねない事業モデルの転換を阻いでいるといえないだろうか。
《図表2》ANAとJALの際内別旅客収入(2015年度)
③ 需要の羽田への一極集中と発着枠がタイトであること
日本の国内線需要は首都圏に集中(全旅客の3分の2が首都圏発着)している。
特に羽田への集中度が高く(全旅客の6割が羽田発着)、中でも基幹4路線の旅客が半数を上回っている。(2015年度)
そして羽田の発着枠は実質的に既存の6社だけのものとなっている。
《図表3》羽田と成田の発着旅客数(2015年度)
《図表4》羽田の国内線発着枠(会社別)
(注)中堅3社の発着枠はコードシェアによりANAと共有
他方、国内線の首都圏第二空港である成田は、羽田に対する競争力が現状では決して十分とは言えない。空港へのアクセスの不便さに加え、運用時間に制限があり、また空港使用料等での優遇制度も弱いと思われる(例えば旅客に課する空港施設利用料は羽田の290円に対し成田は380~440円)。
その中でLCCは現在でも十分健闘しているのではなかろうか。
世界の流れと比べればテンポはスローであるが、このうねりは高まりこそすれ、
弱まることは決してないだろう。
2.国内線の今後の展望と課題
1)事業モデル変化(世界化)の必要性
低搭乗率を前提とした運賃設定モデルもかつては有効に機能してきた。
未成熟だった航空輸送サービスを安全、安定的な公共輸送手段として育成し、遍く行き渡らせるためには保護と規制が必要で運賃も認可制であった。60%程度の搭乗率を前提とした運賃も「遍く安定的に」航空サービスを提供させるためには理に適うものであり、世界的にもそうであった。
しかし航空事業の成熟ともに規制が緩和され、競争が進むともに事業モデルも変化してきた。その帰結が高い搭乗率を前提とした運賃設定モデルであり、LCCの登場でもあった。日本でも世界に開かれている国際線は既にその洗礼をうけており、また国内線へのLCC参入もまさにその流れに沿うものといえる。
しかしながら市場が閉ざされた日本の国内線では、大手の寡占、国内線への依存度の高さ、羽田への一極集中と発着枠の伸び悩み、国内線の首都圏第二空港としての成田の使い勝手の拡充が遅れていることなどが、運賃設定はじめ事業モデルの変化を抑制している。
確かに、経営を安定化させ、強大化している海外の会社に伍していくためには、国内線の収益性を保持していく、換言すれば現在の事業モデルをできる限り維持するという姿勢は、既存の航空会社としては自然の成り行きともいえる。
しかしながら経済が成熟段階にあり急速に人口減が進んでいる日本で、人流を活発化させることは消費者や日本経済活性化のためには不可欠である。そのためにも世界的な流れに沿った事業モデルの変化を可能とする環境を醸成することが必要であり、それが遅れることは日本のためには好ましくないといえる。
航空会社にとっても、いわば特異な温室的環境の中で事業を続けていくことは、真の意味での企業力強化に繋がらないだろう。
2)今後の国内線の課題
(消費者や日本経済に資する)事業モデルの変化を可能とする環境醸成としては、羽田の国内線発着枠の拡大と新規会社への枠配分、成田の使い勝手の改善が考えられる。
(1)羽田の国内線発着枠の拡大と新規会社への枠配分
2020年までの増枠(約4万回/年)とその配分(入国需要を睨んだ国際線への配分)の方針は既に決まっている。しかし中長期的方向性としては羽田枠の更なる拡大と国内線への配分、特に新規会社への解放が必要と考える。日本の発展を支えるインフラとしての国内線を大事にする必要がある。
羽田国際線の拡充も重要だが、より便利な羽田に力を入れる(事実成田から羽田への国際線シフトも起こっている)というのではなく、成田の国際線基幹空港としての利便性を一段と高めることにより、並行して同じように発展させていくことが重要なのだ。
(2)成田の利便性の一層の向上
国内線の羽田への過度な一極集中は経済活性化や消費者のためには決して好ましいものではない。同時に羽田優先の国際線拡充もだ。
国際線の基幹空港としての成田の役割を維持しながら、国内線の首都圏第二空港として羽田に対して十分な競争力をもてるような使い勝手にしていく必要があろう。特に羽田からLCCを締め出している2020年まではそれが重要だ。
運用時間の延長、アクセスの拡充、料金面での優遇などが考えられる。
更には今後もし米国との関係や情勢が許せば横田の共用化(含民間空域の拡大)さえも視野の一角に入れておくことも望ましい。
結論として、運賃設定をはじめ国内線の事業モデルの変化、それは『低価格ブランド(※)』の普及を齎すものとなるが、経済活性化へとつながる世界的流れであり、その流れに竿をささないことが重要である。またその流れによく適応できるような会社が伸長することが国益にも叶うものであろう。
(※)ここでは「普通のサービス」と「低価格」の組み合わせたものを称している。
つまり「普通に安全運航し、普通に定時制が保たれ、不快感や違和感のない普通
の取り扱い(特別なコーテシーがなくても)」を受けられれば「低価格」は多くの消費者には決め手の魅力となるであろうということで、それはLCCに限定したものではなく、既存の会社が変化した形も含まれる。
以上