この原稿は、ビジネスジャーナル6.10 ( http://biz-journal.jp/2016/06/post_15427_3.html )の下原稿となったものです
全日空国際線30周年に思う
2016年5月27日
航空経営研究所 副所長 牛場春夫
この3月3日に、全日空が国際線30周年を迎えた。1986年に東京=グアム線就航を皮切りに始まった全日空悲願の国際線は、現在では世界39都市59路線(16年3月3日時点)に拡大し、この間に、同社の国際線累計旅客数は1億人を突破した。長い間、業界で「航空憲法」とも言われてきた、国による事業分野の取り決め所謂「45/47体制」の下で、国際線運営が日本航空だけに許され、国内線のみに規制されてきた全日空にとって、国際線30周年はいかほどか感慨深いことであったろう。規制撤廃を求めて止まぬ運動を展開し、国際線後発企業ながらここまで見事に成長させた年月は並大抵でなかったと想像する。その努力に心から敬意を表したい。
全日空の国際線規模は、平成28年3月期の決算短信によれば、旅客収入5,156億円で、日本航空の4,487億円を15%上回る。旅客数816万人、有効座席594億座席キロ(注)。日本航空の808万人、483億座席キロを優に上回る。全日空は名実ともにわが国の“フラッグキャリア”(今では古語となってしまったが・・・)となったのだ。そして同社の中期計画では、2020年度までに国際線を1.4倍に拡大する目標を立てている。これは2012年度の規模の2倍にも相当する。
(注)有効座席キロとは、航空会社の生産量を表す単位で、航空機に装着してある1座席に飛行距離を掛けた数値である。Available Seat Kiloの頭文字を取ってASKとも表記される。
業界では、全日空の1999年のスターアライアンス加盟が、同社の国際線成長への原動力になったと言われている。一方、日本航空のワンワールド加盟はそれから8年遅れた2007年4月。会社更生法適用を申請した2010年1月のわずか2年9ヶ月前だった。世界アライアンス加盟という選択肢しかなかった企業と孤高を楽しむ余裕のあった企業との差といえばそれまでだが、「日航に追い着け!追い越せ!」という全社挙げてのひたむきな闘争心を維持し続けたことはあっぱれという他ない。
さて、その全日空が継続して「日本航空との間で公平な競争環境が保たれていない」と主張している。公金3,500億円を使って再生した日本航空と不公平な競争を強いられるというのが言い分だ。日本航空は、その上多額の繰越損失の計上のために、再生後、繰越欠損金が消滅するまでの9年間、数千億円の法人税支払いが免除される税制の恩恵を受けることになる(注)。公金を使って再生してもらった日本航空と、自力で頑張っている全日空との間に不公平な競争環境が存続すると言うのだ。
(注)2015年4月「所得税法改正等の一部を改正する法律」及び「地方税法等の一部を改正する等の法律」により、大法人の控除限度(所得の80%)を、2015年度に「所得の65%」に、2017年度以降「所得の50%」に変更された。同時に欠損金の繰越期間が9年から10年に延長された。
2012年8月、航空局は「日本航空の企業再生への対応について」と題する文書(所謂8月10日ペーパー)を発表。「公的支援によって、航空会社間の競争環境が不適切に歪められことがあってはならない」として、“JALグループ2012〜2016年度中期計画”が終了するまでの間、日本航空の投資と路線計画について監視することとなった。そして、競争環境是正の具体策として2012年11月には、羽田空港の国内線発着枠を全日空に8往復、日本航空には3往復、さらに2016年4月の羽田空港の米国路線発着枠を全日空に4往復、日本航空には2往復それぞれ配分した。結果として、この4年間でドル箱の羽田発着枠が、全日空に国内国際線合計で12往復と、日本航空の5往復の2.4倍が配分された。
2016年3月期決算で、全日空は過去最高の当期純利益785億円(利益率4.4%)計上した。一方、日本航空は1,809億円(利益率13.5%)と全日空の2倍以上の利益を計上した。両社とも燃油費の大幅下落がこの好決算を生み出したのだ。確かに損益計算書の「法人税等合計」は、全日空の524億円に対して、節税効果を享受できる日本航空は263億円とおよそ半分で済んでいる。そして有効座席キロ当たりの旅客営業費用(注)は、全日空9.3円に対して日本航空は8.8円となり日本航空が全日空を▲5.4%下回る。
(注)ASK当たりの旅客営業費用の算定に当たっては、貨物・郵便とその他の営業収入を、これらのセグメントの収支が均衡していると見做して、営業費用からそのままそっくり控除して計算した。両社の収支比較については、(株)航空経営研究所 www.jamr.com 参照)
日本航空は「大きな利益計上は、公的支援の効果もあるが、自身のリストラによるコスト低下によるところが大部分を占める」と反論しているが、思うほど人口に膾炙していないようだ。ここで、日本航空のリストラと企業再生の道程を今一度振り返って見ることとしたい。事業規模の縮小(国際線▲40%、国内線▲30%)、航空機数▲30%、人員削減▲33%、年間平均給与▲28%(単体)、企業年金削減(現役約▲50%、OB約▲30%)、売却・統廃合による子会社削減▲45%と言う形で、組合ストも許されない、まさに血の滲むようなリストラが先ず断行された。(数値は国土交通省2012年11月資料) そして金融機関には総額5,215億円の債権放棄を、株主には100%減資を求め、つまり破綻企業・債権者・株主の三者が痛みを分かち合って、2010年1月19日に企業再生支援機構(現:地域経済活性化支援機構)から3,500億円(公金と言われている)の出資を願い、裁判所に会社更生法に基づく更生手続開始の申し立てが行われた。
それから1年2か月後の2011年3月28日更生手続が終了。驚くべきV字回復だった。翌2012年9月19日東証一部に再上場し、企業再生支援機構は保有株全てを売却。同機構すなわち国は、僅か2年半で3,000億円ほどの売却益を得た。公的資金を投じて企業再生した例としては、かってない高収益案件となった。日本航空は、立派に国家経済に貢献したとも言えるのではないか。公平な企業評価が一目でわかる株式市場では、日本航空の時価総額が1兆3,891億円(2016年5月22日時点)となり、全日空の1兆1,134億円を25%上回る。
日本航空のリストラには、もう一つ忘れてはならないことがある。リストラによって整理されたか若しくは自発的に退職したパイロット、客室乗務員、整備員、地上職などの日航社員たちが、2012年から始まった日本の,本格的LCC市場の立ち上げに貢献した(現在もしている)ことである。
閑話休題。全日空は未だに「不公平」だと言い続けている。そもそも全日空と日本航空は会社設立の経緯から仲が良くない。世間は、航空機のエンブレムに使われている色でもって、全日空を「青組」、日本航空を「紅組」と呼んで揶揄しているくらいだ。それはそれとして、どうも、全日空の「不公平」の繰り返しには企業内引締め戦略が匂うのはご愛嬌としても、同社の主張に、日本の国際航空体制がどうあるべきかの視点が欠落している点については到底見逃せない。
政府は訪日インバウンド旅客数を2020年までに4,000万人、2030年には6,000万人にする観光立国政策を掲げている。島国日本は、海路か空路しか、インバウンド旅客の「足」はない。海路は、2015年にクルーズ船寄港の大幅増加で100万人を突破した。2020年には500万人を目標としているものの、この数は合計6,000万人のたったの10%未満でしかない。大量のインバンド旅客を海外から運んでくるのは、ほとんど空路が担うことなる。しかし、日本国籍の航空会社全社の日本発着国際線便数シェアは25%に過ぎず、諸外国に比べて極めて低い。たとえば、インバウンド旅客の約70%を構成する中・香・台・韓の4ヶ国/地域では、自国/地域の発着便における自国/地域の航空会社のシェアがいずれも50%を超える。
また、世界の国際線航空会社の供給量ランキングで日本はひとり負けだ。急ピッチで国際線を拡大している全日空でさえ20位、1983年に国際線輸送量で世界一を誇った日本航空に至っては26位と全く振るわない。(CAPA データ) 国内でいがみ合っている場合ではない。そんな暇があるなら、国際競争サバイバルにもっと目を向けて、インバウンド6,000万人を達成すべく、自国の国際路線網を拡大し、以って観光立国政策に貢献していくべき時なのではないか。両社はもっと協力し合って日本の航空輸送業の発展に貢献するべきなのだ。グローバル経済の世界では、「Co-opetition」という言葉さえ作られている。
蛇足ではあるが、日本発着太平洋路線を運航している米国籍航空会社の全てが、この10年の間にチャプター11(C-11=連邦倒産法11章=日本の民事再生法に近い法律)を申請して企業の再生に成功した。彼らに対して全日空は「不公平」などと一言も文句を言っておらず、しかもその内の1社であるスターアライアンスのユナイテッド航空とは、独占禁止法適用除外(ATI)の認可を日米両政府から受けて運賃共同設定を含む幅広い提携を行っている。(日本航空も、同様にワンワールドのアメリカン航空と共同運航を実施している。)アライアンスに加盟していない航空会社が、「大手航空会社に独占禁止法まで免除するのは不公平じゃないか」と苦情を申し立てている昨今だ。
今回の日本航空の一連の企業再生の動きを観察していると、「何とか企業を再生させよう」という強いモチベーションがある米国のC-11に比べて、日本の場合は「破綻に至らせた放漫経営を懲らしめてやろう」というサディスティックな面もチラチラする。これは日米両国の文化の違いに由来するのかもしれないが・・・。
以上