航空機に関する技術トピックス 大きく変貌する民間航空機 製造業界(2)

 

航空機に関する技術トピックス 

大きく変貌する民間航空機 製造業界(2 

  2018626
  
航空経営研究所 主席研究員 稲垣秀夫

完成に立ちはだかる壁 

しかし、なぜ中国やロシアのような後発国の民間機開発は時間を要し、未だ完成に届いていないのか。私見であるが、それは空を飛ぶ機械だから設計が難しいという理由では決してない。 

(複雑さのマネジメント) 

その理由の一つは、数百万の部品を組み上げる近代航空機という複雑な機械を設計し、サプライチェーンを構成する数多くのベンダー(供給会社)を繋いで全体の製造工程を動かす必要があることに大きく関わっているようだ。多岐にわたり連鎖していく設計の手直しが開発過程で発生することはどんな開発でも避けられないことだが、これを複雑化することなく一つずつ整然と解決し、同時に関係するベンダーも刻々と変化するその設計をタイムリーに間違いなく生産工程に反映する必要がある。もう一つ加えれば、細部のデザインは1種類ではなく、オプションと呼ばれる顧客の選択による複数の仕様を持つことも多い。こうした細部での設計の多様化にも対応する必要がある。一つ間違うと糸が絡むように開発プロジェクトが混乱してしまうだろう。この複雑さを上手く管理する必要があるが、経験の乏しい後発各社はスマートに対処するノウハウを持ちうるのか? 

先進2社でもコンピューター利用が大きく進んだ2000年代に、エアバスはA380、ボーイングは787で開発の大幅遅延や初期の生産規模のペースダウンを引き起こした。様々な原因分析が行われたが、詰まるところコンピューターが可能にした航空機の複雑且つ緻密な設計やその管理手法が未だ発展段階にあったためではないか。航空機の歴史が100年を超えるに至った今、航空機メーカーにとっての最大のノウハウは、飛行機をデザインする難しさよりも、むしろ設計と生産全体のマネジメントにあるようだ。この課題は他者に頼るのではなく自ら習得するしかない。ブレークスルーするにはある程度の時間が必要であろう。 

(型式証明は国際ルールで) 

次に型式証明の取得に時間を要していることが考えられる。開発遅延といえば、どうしてもメーカーに目が向きがちになるが、型式証明の基準を整備し、それに基づく審査を行い、審査結果に基づき証明を発行するのは政府の仕事である。これは意外な盲点である。「型式証明」は航空機のハードウエアの安全管理であり、その管理責任は製造国政府にあるのだ。検査要領に必要なものは法律文書ではなく、細かく具体的に記述された技術文書である。国の検査をクリアできず開発が遅れるのであればメーカーの責任だが、検査の準備に手間取り開発が進まないのであれば国の責任となる。 

ただし、技術的な内容であるとはいっても、型式証明に関する情報は開発企業のノウハウではないし、機密でもない。開発された航空機は国境を超えて使用されるものであるから、型式証明の認可基準は民間航空条約に沿った欧米と同一である必要がある。したがって理屈の上では条約を批准している国であれば、知りたいと思うことは他国に教えを乞うことができる。したがって型式証明の検査経験がない中国は米国や欧州の航空当局からいかにサポートを受けるかということが課題である。 

2017年に李克強首相がドイツのメルケル首相にC919の型式証明発行について協力を求めた。エアバスA320の生産拠点はドイツのハンブルグにあるため、狭胴機の技術管理業務はドイツ航空当局の得意とする分野だが、A320C919はライバル機種である。これまで、エアバスは販売促進のために中国国内でA320の組み立てを進めてきたが、今回ドイツ政府がどんな対応をするか注目している。また、リージョナルジェットARJ21についても2010年に加えて、2017年のトランプ米大統領の訪中時に習近平国家主席から米国からの協力を依頼している。 

国を問わず、公官庁ではコンプライアンスの観点から現行の業務プロセスを変え難いだろうが、膨大な数に上る審査項目を適切に処理するためには、コンピューター時代に相応しい合理的な業務、承認プロセスが求められ、進めようとしているものと思われる。 

尚、ロシアはソ連時代にイリューシンやツボレフなどのジェット旅客機の製造実績があり、旧時代の開発機がロシアになった1990年代以降も100機ほど生産されている。ただ、これらはいずれも昔のデザインのジェット機であり、新たな時代のデザインは現在開発中のMC-21からといったところである。  

時間はかかるだろうが中国機C919は早晩完成する 

交通の観点から見た新興経済国家、中国の特徴はシンプルに大陸国家で面積が広く、人口が多いということである。現在は鉄道網, バス網が発達し、新幹線も随所でサービスを始めているが、経済が発達し、一人あたりの所得が増えると国内交通網はよりスピードを求めて、短距離では「自動車」に、中長距離では「航空」に集中する米国型の交通網に発展するものと思われる。多くのレポートが将来は中国が米国を凌ぎ世界最大の航空輸送量を誇る国になると予測しており、ボーイング社やエアバス社が、多少の技術流出を犠牲にしても中国に合弁事業を展開し将来の顧客を確保しておきたいと努力している背景がよくわかる。間違いなく中国の最大の特徴は、潜在的に世界一の航空機マーケットを国内に持つという点である。 

これからCOMACを中心とした中国の航空機製造がどんなスピードで進化するか予測することは難しいが、多少時間はかかろうともC919AR21CR929の開発は完了するだろう。その時、世界の民間航空機産業における中ロ企業は新興国を中心としたマーケットにおける航空機の主要供給元の一つとして大きな役割を担うだろう。 

このレポートではMRJについては触れていないが、予測される、こういった環境変化の中で是非とも生き残りを図り、世界の民間航空機の製造分野で重要な役割を果たすことが期待される。 

以上 

 

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