この原稿は、ビジネスジャーナル4.21 (http://biz-journal.jp/2017/04/post_18798_2.html)
「全日空、羽田発着枠優遇の「隠れた政府援助」で巨額利益…でも日航との不公平を訴え」
として掲載されています。
日本航空のNY線開設に思う〜横綱相撲が取れない全日空
2017年4月21日
航空経営研究所 副所長 牛場 春夫
4月1日、日本航空が羽田=NY線を開設した。全日空に遅れること半年となる。遅れた理由は、政府が2012年8月、日本航空に対する公的支援で航空会社間の競争環境が不適切にゆがめられることがあってはならないとして、2017年3月31日まで、日本航空の新規投資と路線開設を制限したからだ。これは、「日本航空の企業再生への対応について」と題する文書で通達されたため、通達日の8月10日をとって「8.10ペーパー」とも呼ばれている。政府は、この指針に基づき、それまで均等だった羽田空港の国際線発着枠を全日空により多く配分する傾斜配分を実施した。
その結果、首都圏の多くの利用者にとって至極至便な羽田空港の国際線便数は、全日空が圧倒的に日本航空を上回る。深夜早朝時間帯の便数を除いて、全日空は週間27便で、日本航空の18便の1.5倍も多く飛ばしている。羽田空港は、年間7,950万人が利用する世界第5位の大空港だ。2010年10月に第4滑走路が供用開始され、空港能力としてカウントされる発着回数が年間44.7万回(うち国際線9万回)に拡大したが、それでも航空会社の乗入れ希望に対応することができず、現在でも依然として厳しい発着回数不足が継続している。羽田空港の発着回数の価値は、2発着(注)あたり20億円と言われている所以である。(注)1便の運航に必要となる離陸と着陸の合計が2発着となる。
つい最近、世界第7位のロンドン ヒースロー空港のSASが保有する4発着枠が7,500万ドル(約86億円)で或る大手航空会社に売却されたが、それを参考にすると羽田の発着枠の価値は20億円どころかその倍以上もあるとしてもおかしくない。この貴重な発着回数を全日空は、国際線で29% 保有している。それに対して日本航空は18%と少ない。
一方国内線では、全日空は38%、日本航空は39%とほぼ拮抗する。ただし全日空は、AIRDO、ソラシドエア、スターフライヤー(注)とコードシェアを実施して、3社の座席数のおよそ半分をあたかも自社便として販売しているので、これら3社の発着回数の半分を全日空の発着枠と見なすのが適当である。そうすると、全日空の国内線発着回数のシェは、46%に上昇し日本航空の39%を断然大きく引き離すことになる。仮に、全日空が2015年9月に出資(16.5%)したスカイマークともコードシェアを実施した場合は(スカイマークは敬遠しているが・・・)、全日空のシェアはなんと50%以上にもなってしまう。
(注)全日空は、AIRDOに13.6%、スターフライヤーに18%、ソラシドエアに17%それぞれ出資している。出資比率が抑えられているのは、議決権株の20%以上となった場合は、被出資航空会社が政府の新規発着枠の配分対象から排除されることになるからだ。
全日空の羽田空港発着枠の席巻は、それこそ不公平な競争環境を作りだしていないのか?・・・あるいは、政府が日本航空との競争環境是正のために全日空に傾斜配分した発着枠は、政府が全日空に無償で贈与した無形固定資産の補助に相当しないのか?・・・との疑念が次々生じる。仮に政府が全日空の国際線に傾斜配分した発着枠を資産評価すると、前述の2発着の価値をベースに試算すると、およそ180〜360億円と推定される([全日空国際線便数—日本航空国際線便数] x 20〜40億円)。これは、公金3,500億円を使用して企業再生した日本航空との間の不公平な競争を是正して欲しいと全日空が政府に陳情し、年間180〜360億円相当もの政府補助を巧みに引き出したと言えなくもない。
現在検討が開始されている羽田空港の第5滑走路増設が2030年代には完成すると想定し、それまでの間は同空港の発着枠の逼迫が継続、新規発着枠の捻出がほとんど困難とするならば、全日空が政府から獲得した180〜360億円の無形固定資産は、競争他社にとっては誠に不公平な毎年大きな収入を生み出してくれるキャッシュカウ(金のなる木)となる。日本航空の場合は、わずか2年7ヶ月で再上場を果たし、この僅かな期間に公金3,500億円を出資した企業再生支援機構は3,000億円ほどの、同機構にとって過去最大の売却益を生み出している。
事実、全日空の2017年3月期の決算見通しは売上高1兆7,400億円、営業利益1,300億円と、過去5年間で増収23%、増益49%となるのに対し、日本航空では売上高1兆2,800億円、営業利益1,700億円と、過去5年間では増収6%となるも減益17%となる見通しだ。全日空は、2016年度決算で2年連続の最高益を更新する模様だ。財務諸表上からは、明らかに羽田の発着枠を確保した全日空の業績が、日本航空に比べ著しく向上していることが伺える。
全日空では、4月1日に平子裕二新社長が誕生した。毎日新聞はこう書いている。平子社長は「(公的支援の結果)財務的に体力格差が生まれた。(日本航空との)最終損益に差がある限り、内部留保の差も開いていく。ここを逆転しないことには縮まっていかない」と述べ、優位性のある羽田空港の国際線網の活用などで日航に対抗する考えを示した。平子氏は「日航とこれだけ体力格差がある中、航空業界で不公平、不公正なことが起きないか見ていきたい。(4月以降、日航が)何をやってくるのか、我々としても分析しなくてはいけない」と述べ、ライバルの動向を注視する考えを強調した・・・と。
全日空は、社長が交代しても、未だに日本航空との不公平な競争を強いられていると言い続けている。今や日本航空を追い抜き収入規模で1.4倍である日本最大の航空会社となった全日空が、1986年まで国際線参入を制限されて(注)不公平に耐えてきた臥薪嘗胆の感情はわからないでもないが、今でも狭い国内の競争に執着しているように見えてしょうがない。
(注)政府は、1972年の大臣通達により、日本航空は国際線の一元的運航と国内幹線の運航、全日空は国内幹線とローカル線、国際チャーター便の運航に規制した。これは、昭和45年の閣議決定、47年の大臣通達が出された年次をとって「45/47体制」とも呼ばれている。1986年に見直され、以来、規制緩和が進められている。
そんな井の中の蛙の発想から脱却し、もっと大海における競争を考え、もって日本の航空業界全体の繁栄と発展を考える横綱相撲をとって欲しいものだ。
以上