【旅の準備】超初心者向け海外旅行ガイド
9 旅の本
宗教の創始者たち(イエス、ブッダ、老子)は、宇宙の本質とは何か、精神的な本質とは何か、現実の本質とは何かについては、それぞれ独自の考えをもっていて相いれなかった。しかし、道徳的な教えに関しては、彼ら全員が一致している。たとえば、物質的な富の追求は間違った目的であるという解釈である。また、没我性と他者への愛を持つことこそが、人生における幸せと成功の鍵であると口をそろえていっている。
(英 歴史家 トインビー )
「旅行に行きたいなぁ」と強く思うのは旅の本を読んだ直後です。どの旅行本を読んでも、自分の頭の中は異国の地にいます。仕事が終わって、ほっと一息つける帰りの電車の中の時間を自分だけの時間にしてくれ、最寄り駅に着いた時には仕事のことなどすっかり頭から離れて、家にストレスを持ち帰らずに済みます。
様々な人が旅の本を書いていますが、ここではおすすめの二人の作家をご紹介します。一人は沢木耕太郎さん。きっと数多くの人たちが沢木さんの書いた「深夜特急」を読んで旅行好きの仲間になったのではないかと思います。私もその一人です。もう一人は下川裕治さん。お世話になった度合いから言えば、むしろ下川さんを先にあげるべきかもしれません。私が知るだけで100冊を下らない旅行本の著書があります。これだけあると、毎日でも途切れることなく、読み手を旅行に連れて行ってくれます。下川さんの本は将に通勤の友であり最良の精神安定剤です。
沢木耕太郎
「その空っぽの頭の中に、カシャ、カシャ、カシャというプッシュの音が聞こえ、カラン、カラン、カランというサイコロの音が響く。
・・・(略)・・・
カシャ、カシャ、カシャ。
ディーラーのプッシュする音が残響のようにいつまでも耳の奥から聞こえてくる。
カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、カシャーン・・・
おや、と思った。」
上の引用文は「深夜特急」の一節です。ずっと以前に読んだ本ですが、今でもこの部分はおぼろ気ながら記憶に残っています。
沢木さんは数多くのドキュメンタリー作品を生んでいる作家ですが、私の中では「深夜特急」の沢木さんです。この本はそれほどに強烈なインパクトを読み手に与えるでしょう。日本を出て香港、東南アジアを経てユーラシア大陸最西端を目指し、国境を越えながら西へ西へと向かう紀行小説。昔、多くの若者がこの小説に触発されてバックパッカーとなり世界を旅したと言われています。
わたしを海外旅行に導いたのは間違いなく「深夜特急」です。元来カジノに縁はないのですが、この文章に触発されて、小説の舞台を自分で体験してみようとマカオのカジノを訪ね、文章の題材となった「大小」というゲームを経験してみました。多くの若者がこの小説を読んで海外旅行の世界に踏み込んだのではないでしょうか。その意味で、この小説は海外旅行好きにとってのバイブルといっても過言でなないでしょう。
下川裕治
雄に100冊を超える旅行ドキュメント本を執筆されている著名な作家の一人なので、本来ならば下川先生と呼ばなくてはいけないのでしょうが、どの文章からも思わず下川さんと呼んでしまうほど親しみやすい人柄を感じさせます。下川さんの書いたものを読むと、肩に力の入ったものは1冊もなく、われわれと同じ庶民の視点、目線で文章を書いている人だという印象を持ちます。自分の旅を誇るわけでもなく、淡々と旅行の様子を書いておられ、あたかも自分が旅行しているかのような錯覚を覚えながら一気に読み進めることができます。冒頭にあるように、私にとっては通勤の友であり、精神安定剤でもあります。長年お世話になっています。
「気がつくと、バスターミナルのあたりを歩いていた。向こうに昼食をとった食堂が見える。おばさんがなにやら料理をつくっている。そこへ行けばまたおばさんがなにかの料理を出してくれそうな気がしたが、それもなんだかつまらない。
食堂が並ぶ通りを歩いた。昼に入った食堂の前を足早に通り過ぎようとした。するとおばさんと目が合ってしまった。
足が止まってしまった。
おばさんはここに座れと、椅子を指差している。もう逃げることなどできそうもなかった。テーブルにつくと、おばさんは、皿に盛られたスイカを三片ほどもってきてテーブルに置いた。きっとサービスなのだろう。自分で食べた残りかもしれない。そんなことはどうでもよかった。僕はなんだかうれしかった。誰も知りあいのいないチェンラーイという街で、僕を知っている人がいる。それだけで救われたような気がした。」
この文章自体に特段の意味はありませんが、下川さんの文章にはこういった箇所が随所に出てきます。
https://www.youtube.com/@asia.shimokawa/featured