2018年10月1日
(写真・文、 光岡主席研究員)
残暑の厳しい8月下旬、房総半島南端館山市にある「安房国一宮」を訪れました。
「安房国一宮」を冠する神社は2つありますが、まず、正統の一宮「安房神社」を紹介します。
白い鳥居を過ぎ、両側に桜並木の開放的な参道を行くと安房神社本殿にたどり着きます。
後背の山の緑、境内の木々の緑に囲まれ、拝殿など建物が新しいこともあり、モダーンで清々しい雰囲気です。一宮にふさわしい格式と落ち着きがあります。
「先代旧事日本紀」によれば、今から2678年前、大和で神武天皇が初代天皇に即位した時代、天富命(アメノトミノミコト)が神武天皇に命じられて肥沃な土地を求めて本拠地の四国の「阿波」から忌部氏一族を率いて海路黒潮に乗って房総半島に移り住みました。
「麻」の栽培など開拓に長けていたこの一族は上陸したこの地が「麻」の栽培に適していたので「総国(ふさのくに)」と名付けしまた。古代語で「総」は「麻」と同音でした。後に「総国」は「上総国」「下総国」と分かれます。また、「阿波」から来たので上陸地域を「阿波」と呼びましたが後に「安房」に変化しました。
安房神社 一の鳥居
移り住んだ天富命ら忌部氏一族は、祖神の天太玉命(アメノフトダマのミコト)を一族の繁栄と房総の開拓の守護神として祀りました、これが安房神社(上宮)の起源です。
また、忌部氏(後の斎部氏)は古代より宮廷祭祀を担当、その祭祀に使う全ての物を差配してきたことから、天太玉命は“全ての産業の総祖神”としても敬まわれています。
安房神社 上宮 拝殿
安房神社 二の鳥居
安房神社 上宮 拝殿 正面
安房神社 上宮 本殿 後から見た所
“下宮”は、養老元年(717)に、現在の地に安房神社が遷座した際、開拓者・天富命を祀るため建立されました。
天富命は、祖神・天太玉命の孫神で「房総」を開拓した忌部氏一族のリーダーです。
安房神社 下宮 遠景
お水取り
“水の神”が祀られており、社務所で申し込み、お祓いを受けた後、ご祭神を拝し、お水を頂きます。
境内
緑が美しく静かで清々しい境内です。
猿滑りの木
社務所の側で、赤い花が美しく咲いていました。
桜並木の参道
広々とした参道です。
桜満開の春は、とても綺麗だそうです。
安房神社 下宮
安房神社 神饌所
神様に奉る神饌(お食事)を作る建物です。
「置炭神事」で天候を占うのも、この建物で行われます。
1月14日夕刻、門松の松材で起こした火で粥を炊き、燃え残った松材12本を取り出して並べ、それらの燃え具合によりその年の天候を占います。
安房神社 御手洗池
樹齢500年のご神木の「槇の木」
「忌部塚」
昭和7年(1932)境内の洞窟から偶然21体の人骨と縄文土器や古墳時代の土師器発見されました。
阿波から渡来した忌部氏の先祖を祀った塚と考えられ、毎年7月「忌部塚祭」が行われています。
安房神社 Facebook より
洲崎神社(すのさきじんじゃ)
洲崎神社は房総半島の最南端の標高110mの御手洗山の中腹に鎮座、目の前は果てしなく広がる太平洋、遠くに富士の霊峰を望む絶好の地にあります。
洲崎神社を「安房一宮」とするのは、文化9年(1812)、房総沿岸を視察した筆頭老中・松平定信が、石橋山の合戦に破れ安房の地に逃れた源頼朝が洲崎神社に参籠し再起を期した故事などを踏まえ「安房国一宮洲崎大明神」の篇額を奉納したことを根拠としていますが、「館山史」ではかつて洲崎神社近くに安房神社への「一宮道」があったことによる誤認としています。
洲崎神社 大鳥居
約150段の真上に登るような急な石段、息切れがします。
厄祓坂
洲崎神社 随身門
いずれにしろ、安房神社と同じく忌部氏の祖神を祀った古い由緒ある神社であることには変わりなく、
また、洲崎神社の祭神が安房神社の祭神・天太玉命の后神「天比理乃咩命(あめのひりのめのみこと)」であることを考えると、忌部一族が房総半島に上陸した場所を祀ったものかもしれません。
宮司の常駐もない、“村の鎮守さん”の雰囲気の小さなお社です。
例大祭は、氏子が担ぐ大きな神輿が急な石段を下る勇壮なお祭りだそうです。
洲崎神社 拝殿
摂社 稲荷神社
拝殿にかかる安房国一宮の額
源頼朝公の笠掛の松 立て札
境内から30mほど山道を歩いた崖っぷちに「霊峰富士遙拝所」はあります。
この日は富士山は見えず残念でした、
でも、太平洋の眺めは絶景です。
遙拝所から見る太平洋
境内から見る石段と鳥居と海
洲崎灯台(すのさきとうだい)
遙拝所から見る太平洋
山から浜辺まで活用した細長い境内のレイアウトは独創的です。
鳥居の中に見える富士山や夕日は特別の美しさだそうです。
浜鳥居
ウィキペディア」より
洲崎神社から帰り道、すぐ近くの「洲崎灯台」を訪れました。
大正9年(1919)に点灯した、房総半島南部で最も西にある灯台。
三浦半島南部で最も東にある「剱埼灯台」と共に東京湾に出入りする船舶の目印となっています。
「洲崎灯台」と「剱埼灯台」を結ぶ線が東京湾の境界線となっているそうです。
洲崎灯台から見る太平洋・東京湾
右手は東京湾です。
対岸は三浦半島です。
絶景です。