2016年4月1日
(写真・文、 光岡主席研究員)
三方を山に囲まれ鴨川や桂川の流れる京都盆地の地下には、琵琶湖に匹敵する大量の地下水を有していると言われています。
京都人はこの水を「御神水」として崇め利用し、酒造り・京菓子・湯葉・豆腐などの食文化を育んで来ました。
今も百近くの“名水”が京都の寺社など多数残存し利用されていますが、今日は、そのうち、古来より「京都三名水」と呼ばれている“名水”をご紹介します。
1. 「染井(そめい)」
御所の東側/清和院御門の側、明治維新の功労者/三条実萬・実美父子を祀る「梨木神社」 (旧三条家邸跡)の境内にあり、ここは元々、平安前期の清和天皇の御母/染殿皇后(藤原良
房の娘)の「染殿」と呼ばれた里御所跡で、宮中の染所としてこの井戸の水が使われたことが
由来と言われています。
三名水の中で、唯一今も千年を超え湧き続いている現役の井戸、“茶の湯”にも愛されてきまし
た。
梨木神社鳥居
手水舎「染井」
朝10時頃、見学をしていた僅か30分ほどの間に、水を汲みに来る人は絶えず、
僕も「お水」を頂いてみると、とっても柔らかくまろやかで甘いお水でした。
千年を超え湧き続ける
「染井」
“はっと”するほど、透明で綺麗、そして、美味しいです。
縣井
御所「三名水」の一つでもある。
3. 「佐女牛井(さめがい)」
平安時代より名水として知られた“佐女牛
井”は、源氏の六条堀川邸にあったと言われて
います。
室町時代には、茶人/村田珠光がこのあたり
に住み、足利義政に献茶したと言われていま
す。 その後も、千利休、織田有楽斎などに好
まれ更に有名になりました。
第二次世界大戦時の堀川通りの強制疎 開・
拡張工事の中で撤去され、現在は、「京都東急
ホテル」横の堀川通りの歩道の傍らに、石碑を
残すだけです。 残念です。
2. 「縣井(あがたい)」
御所の西側/中立売御門の近く、旧一条
家邸跡にあります。
休憩所の裏手の林の中にあり、御所を
散歩する人も気づかず、通り過ぎてしまい
ます。
長く枯れていましたが、1997年に環境庁
の努力で復活しました。
古来、この井戸の傍に「縣宮」と呼ばれる社があり、地方の国史として出世を願う中級貴族が、井戸で身を清め祈願してから、宮中に参内したと言われています。
中立売御門
御所の塀
由来・歴史の立札
堀川通り西側歩道を南に見た景色、南に見えるのは「西本願寺」
「佐女牛井」跡の石碑